事務所通信
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農家、農業のあり方についてその14 [農業について考える]

2008-07-02

 今のようになってしまった背景には、まずアメリカに対する過度の依存です。第二次世界大戦直後はまだ極東といわれる地域すなわち、日本の西には共産主義国家である中国とソビエト連邦が存在し、資本主義国家と激しいイデオロギ?闘争を繰り広げていました。
 日本海、東シナ海を挟んで大変緊迫した政治情勢でしたから、アメリカは日本を極東の最前線防衛拠点として位置付け、日米安保条約により日本とアメリカが強力に手を結び、中国やソ連といった共産主義国家に対抗したのです。
 また日本は明治維新以来、西洋に追いつけ、追い越せを合言葉にひたすら富国強兵に走り、その急激な領地拡大政策が軍国主義の元凶となったという強い認識がアメリカにあり、また日本人の集団主義が大いなる脅威であったことから、日本の牙を抜き、長所を徹底的に弱めてしまうべく、財閥解体、農地解放、家督相続の廃止、制度自由主義の導入など日本の国力を弱めて、個々に分離、分解する諸施策が講じられました。
 その結果、日本は全く骨抜きになり、平和という美名の下徐々に国力は弱まっていったのです。
 確かにあれだけ大きな戦争で、しかも日本全体が焦土化し、国民全体を巻き込んだすさまじく悲惨な戦いでしたから、もう二度と戦争はやるまい、もう戦争はこりごりだ、平和な日々に一日も早く戻りたい、と切望したのも至極当然のことです。
 そして日本は憲法9条で戦争の放棄を日本国民のみならず、全世界に宣言したのです。
 これでアメリカは大いにほっとしたことでしょう。集団主義で、まとまると手がつけられなくなる日本国民から全ての武器を取り上げてしまったのですから。
 さらにアメリカは日本人に自由主義を植え付けることに成功しました。
 軍事政権の下、その圧政に辟易していた日本人は、戦後日本に乗り込んできたアメリカ兵の豊かな物資に驚いたと同時に、自由闊達な姿にもあこがれました。
 身も心もクタクタになっていた戦後の日本人にとって、アメリカは自由の象徴であり、豊かな物質文明を謳歌するあこがれの国だったのです。
 こうして日本は永久平和宣言をし、日本全土が復興に向けアメリカの資本主義、自由主義をひたすら模倣し、今日までやってきましたが、家族制度を中心にその歪みがクローズアップされていることは前にも述べました。
 アメリカも第二次世界大戦直後は、極東における政治的緊迫状況が続いていましたので、日米安保条約締結により、日米が協力し一枚岩となって共産主義経済圏に対抗する意義は大いにありました。
 しかし共産主義経済圏の崩壊により、イデオロギ?闘争が失くなった今、アメリカの日本に対する期待も変わってきました。またアメリカ自体も自国に様々な問題を抱え、他国にまで目が行き届かなくなってきているのが最近の国際情勢です。
 戦後60年余り経ち、国際情勢が大きく変わってきてきているのに、日本はいつまでもかわいいひよこであり続けようとしています。
 諸外国が、特にアメリカがそして中国、韓国をはじめとする東南アジア諸国がそんな日本の姿勢に対して、大いに苛立っています。
 敗戦を糧に二度と戦争を犯すまい、という平和希求の考えを脈々と受け継ごうとしていることは大いに賛同できるにしても、平和と自由ボケで精神まで溶けてしまい、しゃきっとしていない、体に一本芯が入っていないのが、今の日本の姿です。